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ブラジルは日本のことを想う

  • 2011.05.07 03:31 AM

震災からもうすぐ2ヶ月が経とうとしていますね。

こちらで生活していると、お店の店員さんとか、銀行、バス停などで待っている間でも
今でも普通に心配して声をかけてきてくれます。
「オマエの家族は大丈夫だったのか?」「その後日本はどうだ?」と。

今回の震災の報道を受けて、被災地から遠く離れ海外にいる自分が、日本人として何ができるのか。
在外邦人の方はきっと誰もがそう思っていたのではないでしょうか。

今回の震災を海外、それも20,000km離れたブラジル・サンパウロで知った自分。
距離こそ離れていましたが、周りのブラジル人たちは自分たちのことのように心配してくれるし、
世界一日系人が多い街なので、彼らとは「親戚は大丈夫でした?」など祖国日本への想いを
共有できる相手がたくさんいました。
また、多くの日系機関で募金活動を展開していたことや、
リベルダーヂというサンパウロにある東洋人街では復興祈願行事などが行われたり、
こちらのメディアには在日ブラジル人たちからの生の声が度々放送されていたり・・・
改めてブラジルと日本のつながりの深さを感じざるを得ませんでした。

自分も日本人として日本の会社に働く者として、同僚のブラジル人たちに呼びかけた事で、
さらに彼らが周りのブラジル人たちに呼びかけ、それが他の会社にも伝わって支援の輪が広がっていった事は
本当に感謝をしてもしきれません。
改めてこの国の人たちの懐の大きさを実感しました。

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↑自分が働く会社で行った支援活動が他の会社にも伝播し、CSRにつながった。

これからも、ブラジルにいる自分だからこそできることをコツコツと積み上げていくぞ!と。


PS
今回の震災を受けて、世界中から日本へメッセージや支援が展開され、
初めて温かみのある生身のグローバライゼーションを感じた方も多いと思います。

そんな時に実行されたビンラディン氏殺害計画。
「USA!」と叫び続ける人たちとリーダーが死しても報復は終わらないと宣言する人たち。
そしてその両者を取り巻く永劫回帰な世界。

「いつも通る道だからって、景色は同じじゃない。それだけでは、いけないのか?」
という最近見たある映画とそのラストシーンが妙に突きつけられている気がする。

古本市で見つけた"実写"

  • 2009.05.26 06:51 AM

先週末はブラジル日本文化福祉協会(通称:文協)にて、古本市のお手伝いに行ってきました。

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当初は小さな所でこじんまりとやるのだろうと思っていましたが、会場に到着してビックリ。
場所は体育館。そして、合計1万冊という古本の数・・・

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サンパウロで茶を始める

  • 2009.05.20 12:34 AM

大学時代に京都の大徳寺で小堀遠州の孤篷庵に出会って以来、
お茶というものにずっとあこがれ続けてきました。

そして遂に、ここサンパウロでお茶を始めました。


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